読書記録 for me

読んだ本のまとめなどを書いていきます。

「人が死なない防災」(片田敏孝著)その2

こんばんは。

前回に引き続き、片田敏孝さんによる「人が死なない防災」という本についてまとめます。

 

人が死なない防災 (集英社新書)

人が死なない防災 (集英社新書)

 

 前回は4章あるうちの第1章についてまとめましたが、第2章は2010年7月、つまり、東日本大震災の8か月ほど前に、釜石高校で講演したときの講演録となっています。

このときは2004年のインド洋津波を事例にして、被災地での聴き取りや写真をもとに講演をされていたことがわかります。結論から言うと、津波の発生メカニズムからして、津波は「来るかもしれないし来ないかもしれないもの」ではなく「絶対に来るもの」であり、それがいつ来るかが問題となります。また、津波は不確実性の高い動きをするため、津波警報が出たらとにかく避難しなければならないと片田さんは高校生に訴えています。

ただし、とにかく避難した結果として抱く印象によって、いざというときの災害時の行動に差が出ます。逃げたにも関わらず「なんだ、津波は来なかったじゃないか」と考えるのか、「とにかく逃げておいてよかった」と考えるのか。その積み重ねで「いざというとき」の結果が決まります。だからこそ、自分の命には責任を持たなければならないとしています。

それにしても、こういった講演があって1年も経たないうちに、100年に1度を超えるような災害が発生したことに対して、高校生たちがどういう気持ちだったのかはものすごく気になるところであります…。

第3~4章では、人が避難をなかなかしない心理や、それを乗り越えて人が死なない防災体制を構築するための方向性について書かれています。

まず押さえておかなければならないのが、情報は必ずしも届くとは限らないこと、そして、情報が届いたとしても住民はなかなか逃げないことです。前者については、停電などのケースが考えられてわかりやすいのですが、後者の場合は人間に見られる心理特性が絡んできます。

ひとつは「正常化の偏見」で、これはつまり、人間は死ぬということを前提に物事を考えることはできないということです。仮に情報が届いたとして、それに対して不安を覚える人はたくさんいます。ではすぐに逃げるのかというと、それもしない。じゃあ人は何をするのかというと、情報を求めます。

ここにもうひとつ「認知不協和」という心理特性が影響を与えます。こちらは、頭ではわかっているけれども行動が伴ってこない状態です。「津波警報が出たら避難しないといけない」とは頭ではわかっていても、逃げない自分を正当化する理由を探し出します。それが、「津波は来ない」という情報であったり、「隣の人は逃げていない(から自分たちも逃げなくてよい)」という事実となります。

だからこそ、前回の記事で書いた避難の3原則のひとつ「率先避難者たれ」が大事になってきます。人というのは基本的に避難できないのだという理解のもと、上記のような特性を乗り越えて避難できる人を育てなければなりません。最近、「自助・公助・共助」という言葉をよく見聞きしますが、自助には受け身の自助と主体的な自助(内発的な自助)があると片田氏は述べています。家族を助けたいとか、地域を安全に守りたいというとき、行政にすべてを委ねることはできません。そのため、日頃からの訓練であったり、防災教育を通じて、主体的な自助ができるよう住民に働きかけなければならないということになります。

僕は市内のいろんな地域で住民主体の支えあいの活動を推進していく事業を担当しており、(ソフト面での)災害対策はその究極のところにあると言えるでしょう。現在は元気な高齢者に働きかけることが多くなっていますが、長期的な視点で見ると、やはり子どもにも働きかけていく必要があると感じましたし、何年かかるかわからないけれども、今の仕事は絶対にやり遂げなければならないものだとの想いも強くなりました。

ぜひ一度、読んでみてください!!