読書記録 for me

読んだ本のまとめなどを書いていきます。

「羽生善治と現代」(梅田望夫著)

こんばんは。

昨日に続いての更新です。

今日は梅田望夫さんの「羽生善治と現代」という本についてです。 

【 僕は将棋が好きです。でも、はっきり言って弱いです】

なぜいきなりこんなことを書いたのかというと、著者の梅田さんは、そんな将棋の弱い僕や、極端に言えばルールを知らない人でも、超一流の人が指す将棋を味わうために「将棋を観る」楽しさをこの本で伝えようとしていたからです。

まず、大きな役割を果たしているのはやはりインターネットです。この本が書かれてからもうすぐ5年くらいになるのですが、このわずか5年の間でも将棋とインターネットの関係は大きく変化しました。タイトル戦はもちろん、重要な対局はリアルタイムで観戦できるのが当たり前になり、棋士が食べる食事やおやつがファンの間でネタになるような風潮さえできました。最近、よくテレビでみかける「ひふみん」こと加藤一二三九段も、インターネットの普及がなければ、ここまでメディアに取り上げられることはなかったのではないでしょうか。

また、個人的にはコンピューターの進化が逆に「人間同士の闘い」への関心を呼び戻しているような気がしています。コンピューターは特に詰む詰まないの段階になれば、絶対に間違えません。この点に関しては、プロ棋士でももはや敵わない段階にまで行ってしまっています。だから、かえって面白くない。この本のタイトルにもなっている羽生善治さんですら、まだまだわからない展開だった場面で大きなミスをしてしまい、次の一手で自分の玉を詰まされてしまうというようなこともあったくらいです。しかも、それがタイトルを争うにあたってとても大事な対局で起こってしまうのですから、不思議です。

でも、だからといって将棋の魅力がなくなるわけでは決してありません。なんだか人間臭くていいじゃないですか。視点を変えれば、「羽生さんですらそんなミスをするんだから、僕たちが日頃犯してしまうミスとかでくよくよ悩んでても仕方ない」という見方もできます。また、これは上記のインターネットの内容とも重なることですが、現在、大活躍している藤井聡太四段が連勝を続けているとき、ミスをしたのに気づいて自分のヒザをパーン!とたたく瞬間がテレビで取り上げられました。こんなこと、コンピューターではありえませんよね。

日頃の研究、棋士の性格、対局場の空気、次の一手を考えているときの膨大な読み…そういった諸々の要素があって、人間同士の闘いが味わい深いものになっています。これからも、弱いながらも将棋を楽しめたらなぁと思います。

 

…って、「あれっ?自分の将棋に対する想いばかりの文章になってて、ほとんどこの本について書けてないやん!」ということにここまできてようやく気がつきました(笑)読書記録を期待していた方、本当にスミマセン…まだブログ初心者ということで、どうかお許しください。